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    東京・練馬のアロマテラピーの店キルケ店主のブログ

    キルケ店主実家の無事報告です

    皆さまへ

    台風19号は福島県にも甚大な被害をもたらしました。

    幸いキルケ店主の実家がある福島市は被害が少なく、近くの川もなんとか氾濫までには至らず、断水も無く、ライフラインに支障無く生活できております。一昨日から昨日夕方まで帰省し、弟の病院の付き添いと冬支度をし、花屋の母の様子も見てきましたが、それなりに元気にしております。ご心配いただきました方々に心より御礼申し上げます。

    福島市も多数の避難所が設けられ、避難解除まで滞在された医療従事者の方も少なくなかったようです。弟の主治医の先生も奥様と小学校に避難し、ダンボールの中で過ごされたそうです。

    また、大きな台風が再来しないこと、福島県のみならず今台風でインフラが壊れたエリアの一日も早い復旧を祈るばかり
    です。

    また、今台風の被害で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

    取り急ぎ、報告させていただきました。

    キルケ店主 佐々木

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    イクメンパパと思いきや

    皆さま

    こんばんは。

    夏も終わりですね。一般的な夏休みも私はほぼ毎日、仕事で電車に乗っていました。たくさんの家族連れを見ました中で、30代前半くらいのパパと小学校低学年の息子さんのお二人がどこかに遊びに行くような感じで、それぞれ張り切っている空気が感じられました。

    パパはしっかりと息子さんと手を繋いで、私の隣のシートが空くと一目散に飛んで来て座り、息子さんにどこで降りるか話をしてスマホの画面を食い入るように見ていました。これから行く目的地の事を調べているのでしょう。何かとても必死で息子さんの為に感心な男性だと思いました。今どきのイクメンパパは立派だ、ママは体調不良で来られなくなったのかもしれないな、などと想像してはぐれないように気をつけて楽しんできてね、なんて心の中で話かけたりしてました。

    しかし、しばらくして何の気なしにイクメンパパのスマホ画面をチラ見したら‼️

    残念!w(゚o゚)w((((;゚Д゚)))))))ε=ε=(怒゚Д゚)ノ。゚(゚´Д`゚)゚。


    私のイクメンパパのイメージがガラガラと倒壊してしまったのです。

    何がしかのアイドルなのか分かりません。とにかく女の子達が風俗っぽい姿で自身を映した動画のサイト集をパパは必死で見ていたのでした。それを見る事をもちろんダメとは思いません。なぜ、わざわざ今なのかなのです。多分息子さんも分かっていると思います。なんだかとても残念な気分になってしまった。。。
    せっかく息子さんと2人で出かけているのだから、息子さんに集中しなさいよねと、説教くさい事を考えました。
    パパたちそんなに時間がないものなのかなー。

    こんなもんかな?私の父も自分自分の人だったけど。
    それでも良い夏休みの思い出になるのかな。

    どう思います?^_^

    キルケ店主 佐々木

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    新盆のお供え物

    皆さま

    こんばんは。

    お盆は皆さまどう過ごされましたか?

    キルケ店主の実家の新盆は茶の間をゴミ屋敷同然のところを綺麗にして住職に読経していただくため、料理まで出来ず、父もかつてお世話になっていたお弁当屋さんにお供え物用のお弁当を注文しました。お酒も一緒です。

    お供え物

    父念願の帰宅でしたから普段は注文しない彩りよいお弁当「花見山」とお酒で喜んでくれたと思います。
    写真には撮りませんでいたが、読経中は草餅とお茶をお供えしておりました。

    住職ご持参の鐘の音が父の慶ぶ声に聞こえました。

    キルケ店主 佐々木

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    さよなら(涙)中合デパート&ホテル辰巳屋

    福島市を知る皆さま

    こんばんは。

    この久々の夏休みは法事もあり長めに福島に滞在している為、幼少期の福島市の繁華街を思い出してます。昭和40年から50年代。キルケ店主が小学生の頃。東北新幹線も無い時代。母の実家の生花店は華道教室を柱に学校、病院、飲食店、役所、冠婚葬祭斎場、個人のお客様からの御用命で大変繁盛しておりました。県庁、福島交通バスターミナルに近く、福島市の商業の中心地で大変賑やかでした。

    私は人や自家用車、バスだけでなく路面電車の最後の往来も見られた世代で、地方都市の街中文化を楽しめた最後の世代ではないでしょうか。

    当時の子どもの一番の贅沢な楽しみは中合デパートの屋上の遊園地で遊び、同デパートの食堂でオムライスとココアフロートを注文してもらうことでした。この世にこんなに美味しい食べ物や飲み物があるんだと最初に知った場所で、やっぱり中合は凄い!と子ども心に感心したものでした。

    そうそう、クリームソーダやミルクセーキも良く注文してもらったものでした。ふふふ。

    オジマパン屋さんも中合(以前の大町の場所)に近く、今もその当時のまま変わらないメニューと味を提供してくれて、有難いことです。今もちょくちょく伺ってます。

    東北新幹線が開通されることが決まると中合デパートはJR福島駅東口前の辰己屋ビルにに移転。明治に料理店からスタートしたホテル辰巳屋が同じビルに入り、吾妻連峰を見渡せるレストランが自慢の老舗として人気でした。私は福島市に実家があるので、宿泊する機会はそうそうないのですが、東京でサロン運営をしていた頃、父が大原綜合病院でガンの手術をする前日などに何度か宿泊しました。朝食しか頂いたことがありませんでしたが、吾妻連峰の素晴らしい景色と美味しいアメリカンブレイクファーストに心配事も吹き飛ぶほどでしたし、接客も老舗ならではの心を尽くした素晴らしいものでした。

    その時折の流行も取り入れながら魅力的な料理を提供してくれました。最後は定番のアメリカンブレイクファーストで。

    朝食1朝食2パンケエキ朝食4

    レストランからの眺め

    眺望

    吾妻連峰

    しかし、東日本大震災と原発事故で福島市の商業全体も致命的なダメージを受けてしまいました。もちろんそれ以前からのリーマンショック以降の不況の影響も大きく、根本的な赤字からの回復は大手デベロッパーも参入しての再開発に期待するしかないらしいです。

    福島市のランドマーク、ノスタルジックシンボルとも言うべき中合デパート、ホテル辰巳屋が近く閉店、解体されるという。辰巳屋さんはこの8月いっぱいで閉店と知り、一泊し朝食も頂きました。なくなってしまうとは本当に寂しいです。

    エントランス
    激しい揺れにも耐え、改修されながら利用客が行きかったエントランス

    でも、コンセプトに何とか昔からの良さを残して再開発後の復活をお待ちしてます。震災後の大変な8年間ありがとうございました。お疲れ様でした。またもどってきて下さい。

    キルケ店主 佐々木

    追記

    高校生の頃、中合さんには学校新聞に良く広告を出していただきました。
    大変お世話になりました。

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    父の他界と新盆に思うこと

    皆さま

    こんにちは。今日はウケ狙い無しの真面目でしんみりしたキルケ店主ですが、よろしければお付き合いください。

    今年は父が他界して我が家初の新盆となります。

    昨年の今頃の父は寝ていることが多くなったものの元気にグループホームで生活しておりました。月に一度私と弟が面会に行くと必ず施設の方に「うちの娘と息子です。」と紹介しておりました。
    ちょうど昨年の今頃だったと思います。私と話をしていると「家に行きたい。少し居たらまたここに戻って来ればいいから。」と言って私が慌てたことを最近思い出してます。「おれはここでいい。」と言っていたのに急に家に帰りたくなったのかと、施設の方に家に帰りたくなったみたいなので、長居しないで少し早めに出ますと言って弟を連れて逃げるように出てきたこともありました。

    昨年の私は福島に帰省するとほとんど分刻みの勢いで父母弟の介護や自立支援のマネジメント関係の方々、保険会社の方々と契約内容の変更などで時間を取られ、家族の気持ちに十分に寄り添うことまでは出来ませんでした。父を家に一時帰宅させるにはそれなりの準備、人手が要り、私ひとりで障がい者の弟と認知症で足腰が弱った父を同時に世話することは出来ないからです。
    「お父さんの介護ベッドも今は返してしまったし、段差もあって今のお父さんが行くとなるとすぐには準備が出来ないんだよ。今回はダメだけど、今度ね。」と言って誤魔化しました。父は「そうか。」と残念そうに言いました。

    それから夏が過ぎ、秋に私が旅先で右腕を骨折して間もない頃に父の施設の料金改定の説明会に出席し、腕を三角巾で吊って父に会うと酷く狼狽し「がっかりしちまった。」と言うので、「今は超音波治療と言って骨折が3、4割早い期間で治せる技術があるし、リハビリも早い時期からどんどんやるようになっているから大丈夫だよ。すぐに治るよ。」
    と半分は痩せ我慢でしたが、私自身に言い聞かせるように父に言いました。
    そのあと、施設の計らいでお昼ごはんを一緒に食べ(本当はまだ味覚がない状態でしたが)「美味しいね。一緒に食べるの随分久々だね。」と他の利用者さんたちとも和気あいあい、良い時間を過ごさせていただきました。それが生きている父に私が最後にしてあげられた唯一父が喜ぶことでした。

    グループホームで 昨年7月18日 グループホームさんで手作りしそジュースをいただく父

    思えば約3年前、父をグループホームに入所させることを父に黙って決めて病院から直送し、またすぐに戻るからと嘘をついて置いて来た私でした。もう2度と父が自宅に戻ることはないだろうと思うと出先にもかかわらず涙が込み上げてくるのをなんとか堪えながら仕事をすることもありました。

    しかしながら、今、父の新盆を迎えようとしています。父待望の帰宅。最も長く家族と過ごした茶の間を綺麗に掃除して、最後何も喉を通らなくなり食べたくても食べられなかった桜もち、かぼちゃの煮物、まぐろのお刺身、ビール、日本酒などを用意して迎えようと思います。また、孫のように可愛いがっていたマルチーズのペコの大好物、しめ鯖^_^も一緒に。

    peko        ペコと29歳の私 実家のコタツで 

    ペコへ

    お父さんが迷わないように連れて来てね!

    キルケ店主 佐々木

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